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2000年12月13日 青葉区国見ヶ丘
臨済院・弁財天堂

青葉区臨済院
弁財天堂

国見峠の通りから、林の中の階段を下りて行くと弁財天堂があります。
山の中のように見えますが、実際は新興住宅地の一角に位置してい
ます。

弁財天堂前にある説明板には、次のような歴史が書いてあります。

「仙台市指定有形文化財(昭和62年9月11日指定)

臨済院は、元禄14年(1701)に仙台藩四代藩主伊達綱村により
開基された黄檗宗寺院である。この弁財天堂は、三間四方の宝形造
で頂上に露盤、伏鉢、宝珠を載せ、向拝部には虹梁など江戸中期の
様式的特徴が認められる素木造の簡素な建物である。堂内には、
彩色の弁財天座像を安置している。

かつては大寺院であったが、現在はこの堂のみが残り、茅葺であった
屋根を昭和63年の解体修理工事の際に銅板葺とした。解体時に屋根
裏から「宝永」と記された棟札とみられるものが発見されたことから、
建築年代は宝永年間(1704−1711)と考えられる。

周辺は、歴史公園臨済院公園として整備されている。

平成11年2月 仙台市教育委員会」

青葉区臨済院
臨済院跡・史跡公園

弁財天堂の北側は林になっていて、屋根がかけられた墓石が点在
しています。

林の中には、臨済院の説明板があります。
「河北山臨済院は、四代藩主伊達綱村の意をうけた大年寺第4世
鳳山和尚によって、元禄十四年(1701)仙台城下角五郎丁に開山
された黄檗宗の禅寺で、のち正徳五年(1715)に、五代藩主伊達
吉村によって吉成に移されている。
当時境内には塔頭が十ヶ院、末寺が二十三ヶ寺あったほか、寺格も
着座の待遇をうけていた。仙台城下の黄檗宗の二大寺院と称された
大年寺や萬寿寺も、ともに綱村によって創建されたものであるが、
大年寺の塔頭十七ヶ院、萬寿院の塔頭十ヶ院と比べても、臨済院は
これらにおとらぬ大寺院であった。
臨済院には檀家などはなく、藩からの寄進によって運営された寺院
であったため、明治に入って仙台藩の廃藩とともに廃寺になったもの
とおもわれる。
現在公園内にのこる墓碑は、開山碑をはじめとする歴代和尚の墓で
ある。」

2つの説明板の、弁財天堂の推定建築年代と臨済院の移転時期が
前後していますが、臨済院の歴史について現在詳しいことは分かっ
ていないのかもしれません。

青葉区臨済院
いにしえの丘

林の北側、土地区画整理地内の広場では雪合戦が行われていました。


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国見峠・仏舎利塔入口付近 国見峠の通り・弁財天堂入口前からの景色
臨済院・弁財天堂 
躍動の丘・そよ風の丘 木と遊ぶ丘・桜の水辺

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